これまでの歩み〜幼少期から現在まで〜

Ladder Of Success Success Goals  - mohamed_hassan / Pixabay プロフィール
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こんにちは!

今日は学びではなくてこれまでの自分の振り返りの一環で幼少期から現在までの流れを書いてました。

めちゃくちゃ長いので、時間ある方、興味ある方だけ読んでください。笑

1.幼少期・小学校〜弟としての手本に〜

1994年に兵庫県で長男として生まれました。

親が30歳半ばすぎてからの待望の第一子だったので、大事に育てられる。

性格は人見知りで同じ友達とばかり遊ぶおとなしい子でした。

そして、自分には3歳下の弟がいます。

弟が生まれてからは親の注目が弟にうつったと感じてしまい、寂しく感じていました。

そこからはお兄ちゃんなんだから、ちゃんとしなさいと言われることもあり、『兄としてお手本にならなければ!』と強く思う。

その後、小学校入学前から小学校前半は親の転勤で愛知県で住んでました。

愛知の中でも長閑な場所で家の近くに大きな川があってよく遊びに行ってました。

今でも疲れたり、癒しが欲しい時、自然を見にいきたくなるのはこの時の経験からかもですね。

その後、愛知から兵庫に戻り、サッカーと水泳をやってました。

基本的には無難に親に言われたことをこなして、学校の勉強もまあまあ頑張る子でした。

基本的には親の期待に反したくない、弟に誇れる兄でありたいという気持ちが強かったように思います。

2.中学校〜自分の武器を手に入れる〜

中学校に入ってからも水泳を続けて、黙々と習い事と勉強をこなす日々でした。

ただ、勉強もスポーツも中ぐらいであんまり自分に自信を持ててなかったように思います。

何か人に自慢できるものないかなと思っていたころ、担任の先生に『自主学習ノート(宿題以外に自分で内容を考えて自学自習するノート)をやってみたら?』と言われたことがありました。

最初は先生から言われたし、褒められたらいいなと思ってノートを作ってました。

そうしてる間にだんだん楽しくなってきて、フロー状態に入るように。部活でへとへとでも毎日1時間は机に座り、熱心にノートを作っていた。おそらく、分からないことがわかるようになる感覚がとても楽しかったんだと思います。

気づけばノートがどんどん積み上がっていって中学3年間で50冊(自分でもびっくり)ノートをつくりました。

それに比例して、成績も学年で100人中50番前後だったのが、学年TOPを取ったことも。

それが大きな自信になって、自分で手を挙げて委員になったり、人前で話をしたりと行動にも変化が芽生えました。

今振り返ってみてもこの時一番頭がさえてたんじゃないかと思う。中学3年間で自信がつき、少しずつ自分の意見を言えるようになってきた。交友関係も徐々に自分から広げるようになり、今でも大きな自信になっています。

3.高校〜自分を見失う暗黒期〜

中学校の時の勢いそのままに地元有数の進学校に進学。

ただ、周りが勉強できる子ばかりだったので、中学の時のように勉強ができなくなり、自信を喪失しました。

そして、人間関係にも自信が持てなくなり、仲良いと思ってた子に口を聞いてもらえなくなり、心を閉ざした時期がありました。

基本自分から話しかけることが怖くなり、めちゃめちゃストレスで学校行きたくないなと頻繁に思ってました。。

唯一、高校から始めたバドミントンが楽しくて、部活の仲間が支えになってました。

(バドミントンしてなかったらどうなってたんだろうなあと今でも恐ろしくなります。。)

結局、受験もうまくいかなくて、第3志望の学校に。。自分の武器やと思っていた勉強がうまくいかなくて、受験にも失敗してこの時が人生の中で一番自己肯定感の低い時期でした。

4.大学〜開き直りの再スタート〜

自己肯定感が底辺の状態で大学へ進学。

高校まではずっと地元の学校だったので、知り合いばかりだったが、大学は大阪の学校だったので、周り皆知らない人になり、全てリセットできると思い、開き直れました。

自信を取り戻したいと思い、大学入学早々、簿記の勉強をしました。

大学の授業とは別で資格取得のための講座に半年通い、簿記2級合格。(今では全くつかってないですが、、)

少しずつ自信を取り戻して、サークルも色々入って遊ぶ日々。でも単に遊ぶだけでは面白くないよねと思って、いろんなことをしていました。

(今もそうなのですが、遊ぶことで充実感あんまり感じないタイプの人なんですよね、、笑。それよりかは何か成果をあげたり、形にしていくことに充実感を覚えるタイプなので、放っておくとずっと仕事しちゃう仕事人間です。笑)

・研究室の活動にてグランフロント大阪で社会人100人を前に商品開発のプレゼンテーション。

→自分の意思を明確に伝えれるようになりたいと思い、参加。徹夜で資料準備をするなどハードだったが、タフさ、協力して進める意識が身につきました。

・ちょこ部に入り、チョコレートのフリーペーパーを作る

→チョコレートもともと好きで何かないかなと思ってた時に、大学の研究室でちょこ部を発見。

ちょこ部では美味しいコンビニチョコレートの発信やフリーペーパーの作成などを行いました。

協賛企業集めや店舗への取材などしてメンバーと協力しながら紙面を作成しました。形にできた時はとても充実感ありました!

元々は美味しいチョコレート作っているのに知名度が低くて埋もれてしまっているチョコレート屋さんが多いことが勿体無いと思い、何かできることはないかと思い始めたこと活動。

たくさんのチョコレート店のオーナーさんの思いやキャリアにふれ、発信することができました。

(実際の紙面は下記です!)

・市議会議員さんの元でのインターンシップ

→ めっちゃハードで半年間泊まり込みもしながら参加。自分の原点や今後どうしていきたいかの志を考えた。地域のコミュニティづくりにもかかわり、この時の経験が今の自分の原動力になってます。

行動で示すことの必要性、学び続けることの大切さ、感謝を示すことの大事さなどたくさんの大事なことを教わりました。

・ベトナムの海外インターンシップに参加。3週間ほど滞在

→ある出来事があり、自分を成長させたい、変えたいと思うようになり、海外へ。

ベトナム語が全く分からない中、ベトナム人からアンケート100枚集めたり(市場調査)、プレゼンなどをするなど、度胸が身につく。

何も整えってない過酷な環境でしたが、行動すればなんとかなると行動の大切さを学びました。

(ベトナムでの写真!ヘビ苦手な人いればすみません。。)

5.就活期〜迷いに迷って人材の道に〜

色々やってるうちに就活の時期に!

最初はアルバイトで塾のアルバイトをしていたのもあってそのまま教育系の仕事をしたいと思い、教育系の業界を見ておりました。

(今思えば、中学生時代の先生に憧れていて先生になりたかったのかなと思います!)

塾の運営をしている会社3,4社から内定を頂いてあとは選ぶだけの状態だったのですが、当時アルバイトで勤めていた塾長からの言葉が大きな転機になりました。

『教育業界いいと思うけど、もったいなくない?教育の世界は良くも悪くも見える世界が狭い。親御さんや子供たちとしか会わないから。社会にこれから出る子供達に社会のことを教えてあげられる先生になるために一度社会に出てみたら?』

確かにな!ととても納得した記憶があります。

今のままやと社会にこれから出る子供達に社会のことを教えてあげることができない、社会に出て色々学んだ上でそれでも教育したければ戻ればいいのではないか?と思いました。

それを聞いて、もらった内定をすべて辞退。0から就活を再スタートしました。

そのあと選んだのが1社目の人材系の会社。

人材系の会社を選んだのは

①いろんな会社や人と出会えることができると思ったから

とにかくいろんな人相手に営業する仕事のイメージがありました。

②人の仕事選びに関われるから

どんな価値観で仕事を選んでいるのか、どんな人生の歩み方をしている人がいるのかを知れると思っていました。

③営業力をつけたかったから

教育系に戻ることを念頭に置いていたので、社会で成果を残して戻りたいと思っていました。人材系の仕事はハードなので、それだけ成果を残す力をつけれるのでは?成果を残す=営業力のイメージでした。

という感じで1社目の会社に入社。大学も卒業して社会人になるのでした!

6.社会人①〜ハードな仕事となかなかうまくいかない時期からの転機〜

期待に胸を躍らせて、入社したものの、仕事はなかなかハード。

1年目の時こそ帰らしてもらってましたが、8時出社の夜の22時退社が普通の感じで平日はずっと仕事、土日は寝て過ごすみたいな生活でした。

目の前のことをこなすことにいっぱいいっぱいでなかなかうまくいかず、毎日上司にもお客さんにも怒られてばかりで凹み続けていました。。

しかも致命的だったのが、人見知りという性格。新規開拓が主な仕事だったのにうまく話せず、全然求人が貰えないみたいな感じでした。

そんな時に転機になったのがあるトップ営業さんからのアドバイス。

凹み続けていたときにたまたま出会うことがあってその時言われたのが下記の言葉でした。

『派遣の営業はどこも一緒。じゃあ何で差をつけるか?それはどうしたいかの意志があるかやいか。意志があればなんでもできるし、自然と行動が変わってくる。そして行動が変われば自然とあなたに仕事を頼みたいという電話がかかってくる。』

その方は違う会社の方でしたが、もともと人材系の会社で営業をされていて成果を残されていた方でした。

とても自分の心に残り、それからは自分の中でどうなりたいか?の意志を持ち続けることを大事にしました。

それからというもののそもそも自分はどうなりたいのか?5,10年後のなりたい姿を整理したり、どうしてこの仕事をしているのか考え直したりしました。

そうやって自分の意志を確立してお客さんや周りに伝えている間にどんどん成果につながるようになってきて、気づけば社内で新規開拓のTOPとなり、表彰を頂くまでになりました。

今も自分がどうなりたいのか?を考え続けること、周りに伝えていくことは大事にし続けています。

(下記の写真は表彰をもらった時の盾です!)

7.社会人②〜自己理解プログラムで見つけたやりたいこと〜

その後、表彰ももらったこともあり、翌年からリーダーとして役職ももらって順調にキャリアを積み重ねていました。

ただ、社会人になって3年を過ぎたある日ふと自分でこのまま出世していくのが目標なんだったっけ?と思う瞬間がありました。

営業の仕事に慣れて楽しいし、人間関係や働く環境もそれほど不満はない。やけども元々やりたいことってなんだったんだっけ?教育系に戻る?それともこのままキャリアの道を極めていく?とやりたいこと迷子になってしまいました。。

その時にTwitterで流れてきたのが八木仁平さんの自己理解プログラムでした。

軽い気持ちでクリックしてセミナーに参加したのですが、3ヶ月でやりたいこと探しを終わられせることができるというキャッチコピーに惹かれ、受講することを決意。

そこでやりたいことを見つけたのでした。

詳細はこちら▶︎https://takecareer.net/jikorikaiyaritaikoto/

その後、やりたいことを実現させるために転職という手段を選び、現在のキャリアアドバイザーの仕事に転職。現在に至ります。

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